今週の説教要旨(2017.10.8)

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説教題「 一デナリオン 」
マタイによる福音書20章1~16節

ぶどう園の労働者は、12時間働いた者も、1時間働いた者も同じ一デナリオンの賃金の支払いを受けました。このぶどう園の主人は気前がいいのか、自分勝手で冷酷なのか、理解が困難です。このたとえ話は、ぶどう園を通常の労働現場としてではなく、信仰生活と考えるべきなのです。受洗をして、信仰生活を続けていく。この信仰生活をぶどう園での労働とたとえているのです。信仰生活を通してわたし達は神の国に入ることができます。神の国がこの地上に実現したときに、わたし達は迎え入れられるのです。しかし、神の国に入る順番は信仰生活の長さでも、その功績でもありません。「後の者が先になる」ことがあるというのです。この言葉は、自分自身の信仰や信仰歴によって慢心している者への戒めです。しかし、順番はどうあれ、ただしい信仰者はだれもが救いに与ることができます。この「救い」が一デナリオンです。この「救い」には多い、少ないがあるわけでは無く、ひとつの完全な「救い」です。ともにこの恵みにあずかりましょう。