今週の説教要旨(2019. 11. 10)

11月10日花

説教題「 選ばれし幸い 」
創世記 12章1節~9節
 選ばれし幸い、勿論、選ばれた幸い。かつて選ばれた。そして今も確かに選ばれている、そのいやましに実感し増していく幸い、祝福のことです。神から選ばれている幸い、それは誰の幸いでしょうか。神は誰を選んでいるのでしょうか。誰を祝福しているのか。それはあなたのこと、あなたがたのこと、わたしのこと、わたしたちのこと。人間仲間、実にすべての人のことです。神の祝福はすべての人に及んでいる。それは誰から始まったか、聖書はアブラハム(今日の聖書ではアブラム)からだというのです。そして神の選びもまた、アブラムから始まって、すべての人が神から選ばれている。言葉を変えて言うならば、神はすべての人の側に立ち、味方だということです。こちらにどんな過ちがあろうとも、すべてにかかわらず、神は人の味方になる、そう決めた。それが神の選びの決意であり意志であり真実だ、それが神の愛というものであって、祝福だということなのです。
でも、本当に人間はだめだった、聖なる神にふさわしくなく、選び愛し憐れんでくださる神に反逆し続けた。それが旧約聖書に描かれている歴史的人間の姿です。しかし、それにもかかわらず、やはり神は人を選んだことを変えなかった。神が真実であるゆえに。アブラハムの裔を、すべての人を神は今もこよなく愛し、人間の側に立ち味方になってくださっている。最後に神の、その選びの永遠のしるしがイエス・キリストなのです。その受胎告知のときに、なんでもない普通の人マリアを訪れた天使。なんでもない普通の、すべての人の代表として選ばれたマリアに、神のご意志を告げた。「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる。」すべての人間仲間への、あなたへの、神の変わらざる選びと祝福の言葉です。今もそして永遠に。