宣教への招き(2021.04.18)

4月18日花
宣教への招き
宣教題「 共生、共死、共甦 」 
マタイによる福音書12章38節~42節

 今日の聖書でイエスはこう仰っています。なんという邪悪で不信仰な時代か。自分は神の前に義しいと自己義認している偽善者よ、悔い改めない町よ、災いだ。君達はすでに福音を見て聞いているのに喜ばない(マタイ11:2~)。自分の欲しいものが欲しいだけだ。むしろ人の子に従って生きる異邦人、罪人と呼ばれる者たちのほうが幸いである。君達が求めるしるしは与えられない。ヨナのしるし以外に与えられない。ヨナと同様に、人の子は、多くの者のために、死んで三日の後に甦る。
裁きの時には、生き返ったヨナの説教を聞いて悔い改めた大帝国アッシリアの首都ニネべの12万人、またソロモンの知恵を地の果てから来て聞いて喜んだ南の女王が共に復活して、そろって君達を罪に定めるであろう。彼らは福音を聞いて受け取り悔い改めて義とされて喜んだ。ここにヨナ、ソロモンにまさるものがある。今だ、
今日、あなたは信じてゆるされ、救われて癒され、喜べ。共に喜ぼう。
列王記上17章(旧約561)に故事があります。困窮の預言者エリヤが同じく困窮の極みにある寡婦である女主人と息子と共に宿り、共に生き、さらに息子の死に及んでエリヤは「子供の上に三度身を重ねて」主に祈り、子供を生き返らせました。主は同じように私たちに、そのようにしてくださっているのです。
あなたがたは、キリストと共に死んで、キリストと共に復活させられたのですから、上にある者を求めなさい。あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。だから、具体的にこのように生きなさいということがコロサイ2:20~3:11(新約371頁)にあります。
共生・共死・共甦、これがヨナのしるしの奥義です。イエスと共に生きること。そのためにはイエスに聞き、ついて行かなければならないことは当然です。そして共苦・共泣・共喜の生き方へ。先週も、主イエスに、さあ、立て、ここから出かけよう、の声を聞きました。今日も、主の後ろからついて行き、共に生きて従おうと呼びかけられています。さあ、われらは共生、共死、共甦。アーメン、感謝、ハレルヤ。

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こどものための小説教
 今週はお休みです。
宣教「共生、共死、共甦」
https://youtu.be/1aKR_djwSck