宣教への招き(2022.4.17)イースター

4月16日花
宣教への招き
週の初めの日の朝早くまだ暗いうちにマグダラのマリアは墓に行った。蓋の墓石が取り除けてあるのを見て驚いたのかシモン・ペトロともう一人の愛弟子の所に走って行って告げた。「主が墓から持ち運ばれてしまった。ご遺体がどこに置かれたのかわからない」。これを聞いて二人の弟子たちは墓へと一緒に走り出す。二人とも墓の中に遺体を巻いた亜麻布と頭を包んでいた布が脱ぎ捨てられるように置いてあるのを見た。愛弟子の方は「見て、信じた」、とは言うが二人は家に帰ってしまった。二人とも聖書の言葉を理解していなかったからである。「彼は必ず死者の中から復活する」という御言葉を、まだ理解していなかった。
マリアは帰れないで墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中をのぞくと座っている二人の天使が見えて、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と尋ねられる。「遺体がないのよ。私の主を誰かが連れ去ってしまった。どこなの?」。そう言いながら後ろを振り向くと、そこにイエスは立っておられた。でもそれと分からない。イエスが「婦人よ、なぜ泣いてるのか」と天使と同じ質問。「園丁さん、あなたが主のご遺体を運び去ったのなら、どこに置いたのか教えて。あの方は私のもの。誰にも渡さない。私が引き取るのだから」。そこで復活の主イエスが名前を呼ぶ、「マリア」。マリアは振り向いて「ラボニ(先生)」。彼女は死の領域に侵されて死にかけていたのではないか。そこからイエスは彼女を引き戻す。彼女は暗い墓の中に主の遺体を欲していた。探していた。そこに主はいない。しかし振り向けば光の中にイエスがおられる。180度振り向くと、正反対のほうからイエスはそこに顕れた。復活の光の中で、弟子と師の親しい会話が復活する。
イエスは言われた。触れてはいけない。これから父のもとに昇ってくるから。わたしの兄弟姉妹に伝えてほしい。「わたしは父のもとに昇っていく。その方はあなたがたの父だ。わたしの神、あなたがたの神のところにわたしは昇る」と。
マリアは弟子たちの集会に行き、たぶん急いで走って行き、「わたしは主を見た」と喜びの告白をした。「喜びの告白」、この告白で教会はできている。

今週のこどものための小説教と宣教をYouTubeに公開しています。
こどものための小説教
https://youtu.be/CWNW65Mpo1M
宣教「喜びの告白」
https://youtu.be/3jgeRI5Y1qE