宣教への招き(2022.5.15)

5月14日花④

宣教への招き
イエスはまことのぶどうの木、本日の御言葉は牧歌的なのではない。1.まずイエス逮捕直前の緊迫感の中で、父なる神の愛が子なるキリストと弟子たちを結びつける。この愛にとどまっていなさい。私の言葉を守り、掟にとどまっていなさい。そうすれば生きる。私が愛したように互いに愛し合いなさい。愛に結ばれて、キリストの愛をいよいよ知り、キリストの愛に生かされて生きなさい。そこに命がある。だから、とどまっていなさい。と命ずるのである。それによって世が与えるようなものではない平安を受け、喜びで満たされるであろう。そうだ、弟子たちよ、つながっていなさい。愛にとどまり、喜び喜べ。この「つながる」と言う元の言葉は、直訳的には「とどまる」で、原文では4~10節の間に10回も出てくる。それほど一所懸命にイエス様は訴え教えているのである。自らが逮捕され十字架につけられて、死にて葬られる前に。これは遺言なのだ。ひと言で、すべての人を永遠に生かす。
2.この切迫感はやがて当時のローマ帝国のユダヤ教の一派として公認されていたキリスト教がついに非合法とみなされて迫害・殉教の時が来た危機感と重ねることができる。そこで教会が聞いたみ言葉でもあろう。3.いや、この緊張感はすでにあった。イエスの死の直後、不安と恐れから集まっていた弟子たち。また復活されても聖霊降臨前には弱かった弟子集団の姿にも通じる。しかし、とどまっていなさい。つながっていなさい。私の言葉に愛の掟にとどまっていなさい、わたしの命につながっていなさい。今は悲しいが必ず父が別の助け主を送って下さる。弁護者と呼び真理の霊という(14~16章)。そうだ、聖霊のことだ。父がお遣わしになる聖霊は、あなたがたを導いてすべて本当のことを教え下さる真理の霊だ。不安を平安に変え、恐れを希望に変え、すべて悲しみを喜びに変えるだろう。
4.これらの御言葉は私たちに通じる。徳川明治時代の迫害の時も、第二次世界大戦のときも。そして、今は? これからは? とどまっていなさい。つながっていなさい。そうすれば生きる。そして、聖霊を受け、キリストの愛を知り、愛に生かされて、真理を知り、平安で、希望して、喜んで。信じて、愛して、生きよう。

今週のこどものための小説教と宣教をYouTubeに公開しています。
こどものための小説教
https://youtu.be/lXOFwjQgM2I
宣教「愛にとどまれ」
https://youtu.be/iVv7E1p05rY