今週の説教要旨(2018.3.18)

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説教題「 主の慈しみは深い 」
哀歌 3章18~33節

生まれてきた赤ん坊は窒息状態で、生きるか死ぬかの瀬戸際で最初の呼吸をするそうです。ケセン語訳聖書の著者であり、医学博士の山浦玄嗣さんは、人間は生まれた瞬間から災害に遭うようなもので、それから人生において様々な災害に出会って、最後は死んでしまうものだと言います。そんな災害続きの人間の人生をどうとらえたらいいのでしょう。
神様に選ばれた民であると信じていたイスラエルの民にとって、前587年のバビロン捕囚は、信仰とは何であるかをつきつけられる大事件でした。親しい人が死に、家族が殺され、外国人に蹂躙されるという経験をとおして、信仰と人間の生きる意味を問い直すのです。廃墟となったエルサレムの地にたたずみ、哀歌の詩人は、神様は「決して捨て置かれはしない。主の慈しみは深く/懲らしめても、また憐れんでくださる。」と、告白します。人知を越える、神様の憐れみを信じる道に導かれたのです。
人は誰しも、この災害続きの人生をどうとらえたらいいのか格闘しています。でも一人ではありません。イエス様とともに、祈りつつ歩んでまいりましょう。