宣教への招き(2023.2.12)

2月11日花②

宣教への招き     
今日の聖書は、イエス様が二人の人を癒した奇跡を通して一つにはイエス様が重い皮膚病の人を清めて社会復帰を赦す律法の宣言をする祭司以上の方であること。二つには人の罪を赦すことができるのはただ一人天の神のみと誰もが教え込まれて信じ込んでいた時代、イエス様は地上を歩く神であることを語り告げている。
どちらも涙なくしては聞けない物語だ。その二人のことを、その人を連れてきた仲間たちを主イエスはどんなに憐れまれたことかその慈しみに。そして彼らが、どんな思いを携えてイエスのもとに来たかその思いに。彼らは障壁を乗り越えて、激しくもこの方にしか持っていけない思いと重荷を預けに来たのだ。それを受け止め、思いと重荷を晴らしてくださった救い主イエスの愛。そして最後26節、これを見た人びとは皆大変驚き、神を賛美し始めた。恐れに打たれて、感謝するようになった。
わたしたちの中にもこうした感謝をもって生きておられる方々が大勢いらっしゃることと思う。わたしもキリストに癒され感謝しかないと。その名はクリスチャン。
主イエスの、故郷での第一声はこうだった。「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」
これはルカ4章だったが、7章では、来るべきキリストはあなたですか、というヨハネの問いにこう伝えてくれと、主イエスは使いの者に答えた。「行って、あなたが見聞きしたことを伝えよ。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。」
ハレルヤ!これら主イエスの御業を見るべき目で見、聞くべき耳で聞いた人々は詩編103編の言葉を感謝をもって共に唱えて主をたたえるのである。「わが魂よ、主をたたえよ。…主はお前の罪をことごとく赦し、病を癒し、命を墓から贖い出してくださる。良いものに満ちたらせ、若さを新たにしてくださる。」アーメン。

こどもたちへの小説教(起きて歩きなさい)
https://youtu.be/B9uOmzGighw
宣教 「感謝に生きる」
https://youtu.be/uYHDW69Fq_w