宣教への招き(2023.3.5)

3月3日花①

宣教への招き (ルカによる福音書 11章14節~26節)    
14節の悪霊を追い出してもらった人。口がきけないのは聞くべきものを聞いたことがないからだ。と恩師から聞いたことがある。それを聞くまでは黙らされている。ところで私たちはイエス・キリストの言葉を聞き、キリストと一緒にいることを喜び、主をたたえている。ついに聞いたからだ。人は器であり、盛らなければ空っぽ。何を盛るべきか。盛るべきは神の言葉、キリストの福音、栄光に輝く神の宝、永遠の命の自由なる霊。これを喜び歌い、これを差し出し、分かち合いたい。
24節以下の人。汚れた霊は悪霊のことか。悪霊を追い出された人は嬉しかったが、そのまま奇麗で空っぽのままだと、悪霊は以前よりも強くて悪い7つの(完全な)霊を連れてきて住み込み乗っ取り完全に支配されてしまう。早くよい管理者を迎え入れないと以前よりももっとひどくなり取り返しがつかなくなる。上記の器と同様である。誰を迎え入れて住んでもらうか。それは人の本来の主。本当の主(人)。決して悪霊でなく神の霊なる主を、主として迎え入れる、ということであろう。
15節のベルゼブル。群衆の中のあるユダヤ人はイエスの業を「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」と言った。ベルゼブルとはヘブライ語で、「住居の主」という意味だそうだ。サタンは元来「反対する者」「反対者」の意。反対者同士が内輪もめ、反対しあって争えば、家どうしは倒し合い重なり合い将棋倒しに倒れてしまい、家よりも大きな住居、国は荒れ果てて成り立って行かない。
イエスは本当の「住居の主」としてこの世界という家に来られ、神の霊によって悪霊を追い出し、「捕らわれている人を解放し、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由に」(ルカ4章)している。私たちも黙さず、解き放たれて、語るべきを語ろう。強い人キリストが武装して悪霊を追い出して自分の屋敷を守ってくださる。キリストと共に悪と戦い、他を攻撃する代わりにキリストと一緒に解き放たれた歌を歌おう。私たちは神の国の住人でありたい。(28節)

こどもたちへの小説教(6つのかめ2)
https://youtu.be/JSjqI9vxBpo
宣教 「キリストと悪と戦う」
https://youtu.be/8xSs2sHUY1A