宣教への招き(2025.11.09)降誕前第7主日礼拝

11月8日花③

宣教の招き アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。
(創世記15:6)

  「我は復活(よみがえり)なり、生命(いのち)なり。我を信ずる者は死するとも生きん」と教会墓碑に刻まれていた。イエス・キリストの言葉。この言葉に守られ抱きしめられているように、墓石の裏には主にあって召された多くの人の名が刻まれていた。墓前に立つ者に、これを聞く者すべてに、イエス・キリストがそう語りかけてくださるのだ。主が語りかける人々はすべて、死んでも生きる。このイエス・キリストの神の言葉を聞いた先週の私たちであった。さて、私たちは果たして、主の言葉を信じるのであろうか。それとも主ご自身を信じるのだろうか。
信仰の父と呼ばれるアブラハムのことは創世記12章に突然現れる。彼がいかなる人物かも語られないまま、主はアブラハムに、「父の家を離れて、わたしが示す地に行け」「わたしはあなたを祝福し、あなたから大いなる国民が生じる」と彼を選び、召命を与えられる。いみじくもバプテスマのヨハネが、「我々の父はアブラハムだなどと思ってもみるな。神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。」と声を張り上げように、召命は人品、人物を問わない。そして「アブラムは、主の言葉に従って旅立った。」とだけ聖書は語る。信仰とはそういう冒険の旅のことなのだと思うとわくわくしてくる。
しかし今日の15章では、アブラムは明らかに「恐れていた」。今度は主の言葉に対して二つ返事ではない。そこでのアブラムと主とのやり取りも学ぼう。神はご自身の祝福と救いの計画を真実をもって遂行するために人をその恵みの御業へと巻き込む。信仰とはそこでの神とのやり取りであり、そこで神を信じることである。

聖書に親しむクイズ~ヨセフ、身を明かす~ヨセフ物語も山場!(創世記45章)
問題1 ヨセフは兄弟たちに、2年間続いている飢饉はあと何年続くと言ったか?
1.4年   2.5年   3.6年
問題2 ヨセフは兄弟のだれと、抱き合って再会を喜んだでしょうか? 
1. ベニヤミン  2.ルベン  3. ユダ(参照 旧約聖書81頁)

こどもたちへの小説教(アブラハム)
https://youtu.be/TSRQyTK1cEk
宣教「選ぶ愛」
https://youtu.be/_TCvDjrGHlQ