宣教への招き(2026.3.1)受難節第2主日礼拝

2月28日花②
宣教の招き~はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、
すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、
永遠に罪の責めを追う。(マルコ3:28,29)
タイトルを「悪と戦うイエス」とした。これは主日聖書日課のテーマそのまま。イエスが戦った悪とは何か。今日の聖書を読むと、当時の誤った宗教指導者であるエルサレムから来た「律法学者」であり彼を取り押さえに来た身内の者たちであり、彼を汚れた霊につかれていると言っている人々で、彼は孤立無援である。イエス一人戦っている。イエスの像がある十字架の前に立ってみれば、全人類の罪をただ一人負われたことを想起せられ、イエス以外の者はすべて悪であり、むしろそれを目の当たりにしている私こそ最悪であるとの思いに至る。その十字架のキリストは悪と戦い負けた像だが、この私を、人類を赦している。招いている。罪人である私を赦し、全人類を赦し、生きるように新たな命に生きよと招く、赦しのイエスだ。
 私は思う。主はわたしを見ろ、悔い改めろ!と言っているのではない。「お前たちの罪の罰を十字架上で代わりに受けているのだ。お前は、罪人で滅びて永遠に赦されない存在だ。だが、この私の十字架によってお前を父なる神は赦す。わたしの十字架死によってお前は贖われて救われるのだ」。などとは言っていないと思う。 
こうした贖罪の十字架の教理は4世紀以降に教会いわば人が作った。これによって強圧的に人間に迫るのならば、教会の指導者こそ新たな「律法学者」である。
今日のイエスはわたしたちを招いてその罪を喝破する。今日の福音ではないか。
聖書に親しむクイズ・新約聖書・最後の晩餐のその後、「ゲツセマネのお祈り」
問題1 イエスがゲツセマネでの祈りに伴われた弟子は誰だったでしょうか?
1. ペトロとヨハネとユダ  2.ペトロとヤコブとわたし
3.ペトロとヤコブとヨハネ
      関連聖句 マルコ14:1~32~42
 問題2 イエスは弟子たちから離れて、何度祈りに行きましたか?
1. 2回  2.3回  3.4回   関連聖句 同上

こどもたちへの小説教(さいしょのきせき)
https://youtu.be/6pZelBiaQ0c
宣教 「悪と戦うイエス」
https://youtu.be/Wlh6NBbKvm0