今週の説教要旨(2018.10.14)

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説教題「 逃亡者 」
出エジプト記2章11~22節

「逃亡者」と言えば、50年前のテレビドラマの主人公リチャード・キンブルを思い出します。彼は妻殺しの真犯人を見つけるために全国を旅します。つまり、無実を晴らすことが目的でした。逃げることにも目的があるのです。
モーセは打たれているヘブライ人の同胞を見て、殺人を犯してしまいます。王家の一員として育てられた彼も、例外とされずに逃げることとなりました。聖書の行間から、モーセの苦悩が読み取れます。イスラエル人でありながら、エジプトの王家の一員となったこと。同胞にかけた同情が同胞により裏切られてしまうこと。王家の人間から一気に殺人者として逃亡しなければならなくなったこと。そして、やっと行き着いたミディアンの地で「ゲール」(寄留の人間)として生きていく決意をすること。それから40年間、彼は舅のもとで、羊飼いとして生活します。数奇な運命を辿ったモーセでしたが、結局殺人を犯した逃亡者になってしまうのです。
しかし、この紆余曲折の人生も、ミディアンでの40年の生活も、すべては神様の目的が果たされるために用意されたものでした。神様の器として働くための備えが召命までの80年間をかけてされていくのです。私たちは、この物語から多くを学びます。「傷ひとつなく、立派に育つ。」「後ろ指を指されることなく生きる。」人間はこのような事柄を重要視し、こだわりますが、神様はまったく違う視点をもっています。神様の「器」として用いていただくことの不思議さと素晴らしさを味わいましょう。